大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和34年(オ)677号 判決 1963年1月17日

上告人 水口米吉

被上告人 国

訴訟代理人 青木義人 外一名

主文

原判決を破棄する。

本件を高松高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人原秀雄の上告理由第一、二点について。

原判決の確定した事実は、およそ次のとおりである。

(一)  上告人は、昭和二四年四月頃、その所有の機帆船第三洋興丸総噸数六三噸六二(以下本件船舶という)を訴外揚有明に賃貸した。

(二)  門司税関岩国支署大蔵事務官森学は、同年六月一一日訴外佐藤千之助外数名に対する関税法違反等被疑事件につき、本件船舶を山口県柳井港東港において差押え、その管理を柳井海運商会こと上垣内保一に委託し、上垣内はさらにその管理を石川順一に依頼した。

(三)  右柳井港東港は、豊後水道に近く、風当りが強いため、石川順一は、本件船舶を東港に比してより安全な柳井港西港に繋留することとし、同月一八、一九日の二回に亘り、これを西港入口まで曳航したが、西港は浅く、当時小潮時だつたため入港することができず、大潮時を待つため、本件船舶を西港入口附近に碇泊させておいた。

(四)  その間、門司税関岩国支署は、同月一八日、本件船舶を山口地方検察庁岩国支部に引き継ぎ、同庁池田検察官がこれを保管することになつた。

(五)  ところが、同月二〇日午後一一時半頃からデラ台風が襲来し、翌二一日午前一時過ぎ頃、本件船舶は、強風のため防波堤に打ちつけられ、ついに大破沈没するに至つたが、その後、機関一基と船体材の一部が引き揚げられた。

(六)  山口地方裁判所岩国支部藤崎裁判官は、翌二五年一二月二二日、佐藤千之助外四名に対する関税法違反等被告事件につき、同二六年一月一七日、久米明に対する同法違反等被告事件につき、本件船舶を没収する旨の裁判を言い渡し、右裁判は確定した。

(七)  池田検察官は、右二個の判決に基づき、本件船舶に対する没収の裁判の執行として、同年六月一日、前記残存機関一基を公売に付し、同月九日、訴外井森今助に八〇、〇〇〇円で売却した。

以上のような事実を確定した上、原判決は、およそ次のような理由をもつて、上告人の本訴請求を排斥している。

(一)  当時、門司税関岩国支署には職員の数が少なく、同支署において本件船舶を保管することができない事情にあつたため、前記森事務官は、その保管を上垣内保一に委託したのであるが、右上垣内は、本件船舶の管理者として不適任であつたとは認められないから、森事務官が、同人を管理者として選んだことに過失はなく、また、同事務官が上垣内に対し、本件船舶の管理につき適切な指示、監督を怠つたという事実は認められない。

(二)  また、上垣内及び同人からさらに保管の依頼を受けた石川順一にも、本件船舶管理上の過失があつたことは認められない。

(三)  本件船舶の大破沈没は、不可抗力によるものである。

(四)  かりに、上垣内、石川らに過失があつたとしても、森事務官の選任、監督に過失が認められないかぎり、同事務官がその職務を行うにつき過失があつたものということはできないし、同事務官から本件船舶の引き継ぎを受けた池田検察官にも、管理上の過失があつた事実は認められない。

(五)  かりに、森事務官、池田検察官ら関係公務員に右の過失があつたとしても、本件船舶は、これについてその後没収の裁判が言い渡され、確定し終つたから、上告人の本件船舶の所有権喪失は、右確定裁判の結果によるものというべきであり、従つて、右関係公務員らの右過失と本件損害の発生との間には、因果関係はなく、右裁判をした藤崎裁判官にも過失はない。

というのである。

よつて、まず、上告人に生じた本件損害の直接の原因は何であるかを考えてみるのに、その直接の原因が、いうまでもなく、判示デラ台風の襲来による本件船舶の大破沈没(それによる上告人の本件船舶に対する所有権の喪失)にあることは、原審の確定した事実関係から、容易に肯かれるところである。

原判決は右の点につき、いま一つの原因として、仮定的にではあるが、その後本件船舶につき判示裁判所において没収の裁判があつたこと及びその裁判の確定した事実を挙げているが、原判決の確定した事実によれば、右裁判言い渡しの当時には、本件船舶はすでに大破沈没して、その原形さえもとどめざるに至つていたことが明らかであるから、たとえ船体材の一部及び機関一基が、その頃引き揚げられていた事実があるにしても、船舶の没収という右裁判は、その対象を欠くものであつて、無効であるというほかはない。したがつて、右没収の裁判をもつて、上告人の本件船舶所有権喪失の原因に加えようとする原判決は、没収の法理を誤まつたものであつて、失当たるを免れない。

ところで、原判決は、上告人の本件船舶所有権の喪失が、よしんばデラ台風の襲来による右船舶の大破沈没によるものであつても、その大破沈没は、不可抗力によるのであつて、前記森事務官ら関係人の過失によるものではないという。よつて、この判断の是非について考えてみるのに、公務員が、公権力の行使によつて私人の物件を保管するに至つた場合、当該公務員は、その物件の保存をさらに第三者に委託したと否とを問わず、常に善良なる管理者の注意をもつて当該物件を保管すべき義務があるものと解されるところ、原判決の確定した事実によれば、本件船舶は、判示のような事情によつて右森事務官により差押さえられたものであり、そして、判示のような事情によつて同事務官は自ら直接にこれを管理することができなかつたため、その管理を業者の上垣内保一に委託し、上垣内は、さらにその管理を石川順一に依頼したというのである。ところが、同船を現実に差押さえた山口県柳井港東港は、豊後水道に近く、風当りが強かつたため、より安全な西港に繋留することになり、右石川順一は、同月一八日、一九日の二回に亘つてこれを西港入口まで曳航したが、小潮時であつたために入港することができず、大潮時を待つために一時同所に碇泊させておいたというのである。してみると、右場所は、より安全な西港へ入港するための一時的仮泊の場所として、右石川願一がやむを得ず選んだ場所に過ぎないのであつて、風波に対して必ずしも安全を期し得る場所でなかつたことを自ら知り、かつ、関係公務員らもそのことはおよそ判つていた筈であるとみるのが相当である。

果して然らば、関係公務員ら(原判決によれば、本件差押船舶は、同月一八日門司税関岩国支署から山口地方検察庁岩国支部に引き継がれ、同庁検察官池田修一が保管の責に任ずることになつた)は、その後における気象条件の変化等に深甚の注意を払い、いやしくも海上不安の兆侯がある場合は、逸早くこれをより安全な場所に移す等船舶の安全保持につき万全の措置を講ずるのが当然の義務であるといわなければならない。しかも同月二〇日には、デラ台風の襲来等により、海上不安の状況が刻々出現しつつあつたことは、原判決の趣旨から容易に窺えるところである。

しかるに、原判決は、このような事態に当面して、当時本件船舶保管の責に任じていた関係公務員が、その委託によつて本件触舶を直接管理していた上垣内保一ないしは石川順一に対し、いかなる指示監督をしたかにつき、及び上垣内らが船舶につきいかなる措置を講じたかについてなんら具体的説明をすることなく、漫然として、本件船舶の大破沈没は、不可抗力によるものであり、右公務員に本件船舶管理上の過失を認める証拠がないとしたのは、審理不尽、理由不備の違法をおかしたものといわざるを得ない。

されば、論旨は理由があり、原判決は、他の論旨に対する判断をまつまでもなく破棄を免れない。

よつて、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 高木常七 入江俊郎 下飯坂潤夫 斎藤朔郎)

上告理由<省略>

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